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~生きるとはファイナルアンサー保留中~

難問の答えは最後になってみないと解からない・・いや最後でも判らないことだらけかも知れませんが楽しみでも有り不安でもあり・・・みのもんたさんの「クイズミリオネア」のように全問正解!!で幸せと言うプレゼントを貰って・・ファイナルアンサーは爽やかに応えられたらいいなあ!!

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~待ちぼうけ まるでみなしご みたいにね~

日本人の女性は昔から「待つ」ことをことごとく強いられたように聞いていますが約束の時間の少なくとも10分前にはちゃんと待っているようにと・・子供の頃から父や母に躾けられたものですがそして子供にも絶対約束を違えないようにして・・「ねえねえ・・お母さん指切りしよう」とよく小さな頃はせがまれましたが・・・幾ら待っても待っても帰ってこない・・現れない・・・待ちぼうけ・・去年でしたか「赤ちゃんポスト」とか言う生まれたての赤ちゃんを育てられない親が匿名で物のようにポストに入れて・・・そんな病院が有りましたが・・親がチャンといるのに「孤児」に・・・何の罪もない子供が・・本当のお母さんに育ててもらえないなんて・・・・・悲しい人生を歩まされる子供の身になったら・・・言葉が出ないくらい憤りを感じますね・・。
自分がそんな目に遭ったら如何感じるのでしょう?

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~父さんはいつも背中に花吹雪~

今度の日曜日は父の日・・ 何故か母の日の方がいつも先、宣伝も派手で詩にしても短歌や俳句にしても圧倒的に母を題材に詠んだ句が目立つ・・・時々父を取り上げてあると思えば「父の居ない間に・・・」とか「母に負けてる父・・・」とかあまり父の好いイメージを歌っていない気がします。
昔の日本では考えられないことですが・・私の父なども「俺は主人だ・・俺は父親だ・・・」と言う威厳を常に強調するような父でしたから今の「御父さん」とはチョッとかけ離れたイメージがします。
どんなに時代は変わってもヤッパリ世の中も家庭もお「お父さんは力持ちで頼り甲斐があってi何時も主役だ・・・」と・・家族みんなのまとめ役・・お母さんはそれを静かに温かく見守る名わき役・・・」その方がカッコいい気がしますね・・・宝塚の歌劇の男装の麗人・・・・あんなかっこよさは作り物だけれど今でも憧れるのは矢張り男性は何時も主役がお似合いだからでしょうね!!

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~火を抱いて謙虚に生きるかたつむり~

梅雨時は紫陽花の花とカタツムリが定番。紫陽花がカタツムリを好きなのかカタツムリが紫陽花を好きなのか・・・雨に濡れた寂しそうな紫陽花に雨粒が弾けて宝石箱を開けたように色とりどりの雨の珠にひっそりと恋しているカタツムリの姿がとてもロマンティックです・・・カタツムリにしても紫陽花にしても人間の勝手な思い込みは右から左へ聞き流すだけで僕らはそんなこと全く関係ないですよ・・と言っているようだ・・・。それぞれの場所でそれぞれの生き方を・・・・みんな違ってみんな好い・・(金子みすず)

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~満ちてくるまでは ゆっくり平泳ぎ~

走るにも短距離走と長距離走が有りますが短距離の場合は初めから飛ばして最後まで飛ばしきっても息切れは然程無くてすみますが長距離の場合は最初から飛ばす人は殆ど居ないでしょう・・昔漫画で「一休さん」というのを見たことがありますが・・あの有名な一休和尚さん・・・の有名な言葉に「慌てない慌てない・・一休み一休み・・・」と慌てる乞食は貰いが少ないとも言われて素晴しい処世術の教訓だと何時も想いますが・・・余りゆっくり過ぎても置き去りにされる可能性も・・・平泳ぎでゆっくり歩みを止めないで進んでゆくことが大切なのかも知れないですね!!

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~如何かして手話で花火を聴かせたい~

世の中には五体満足な人とそうでない人つまり生まれながら或いは途中から障害を持つようになった人とにワカレル・・分け隔ての分かれるではなく偶々そうなる人と為らない人にワカレルだけだ
昨日か一昨日だったかテレビで生まれながら目が見えない20歳の青年が世界のピアノコンクールで
優勝・・・本人は勿論・・家族の方々のお話を聴き中でも素晴しいのは彼のお爺様の一言でした
「最初彼が生まれたとき・・正直如何してと悩んだ挙句・・子の子はわが家じゃなくても何処かに生まれてくる子だったかもしれない・・わが家に折角来てくれたのだから家族全員で愛情一杯に一生懸命に育てようではないか・・」と・・その日から家族全員がお医者様の家庭で・・お父様は彼を普通のお父さんと同じとっても躾けも厳しくて・・お爺様やお婆様は彼に「音」ヲ聞かせる為に1歳半から卓上ピアノを与えたりお母様は美術館に足を運んで絵の説明を根気よく為さったとか・・・口で言うのは簡単ですが実際にはどれほどのご苦労が有ったかと・・でも温かい心の皆さんが何より大切に為さったのは
やはり彼が何を本当は望んでいるのかを一番考えた結果・・彼の持って生まれた才能ヲ十分に開花させることが出来たのですね・・・・どんな境遇でも諦めないで・・自分らしく出来る事を精一杯やれば生きられる。

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~傷ついた日から甘みを増す林檎~

毎日何がしかの果物を欠かしたことは無いですが今はトマト・キウイー・メロンなど冬から春は林檎・・長野県に親戚のある我が家では毎年林檎が段ボール箱で送られてくる最近の若者はミカンや林檎柿などは食べなくなって・・一箱が中々終わらず・・・何時もチョッと瑕の有る二等品なのか直ぐに甘くなったり腐ったり・・勿体無いのでキウイを甘くするには林檎を入れて甘くしていますが・・・傷の部分から甘さが増していくんだとか・・・人間の心の傷も傷ついた分・・熟成を繰り返して円熟味のある人に成長させると好いですね・・・話は別ですが・・お肉も腐る寸前が美味だとか聴きましたが・・腐る寸前の物は食べたことが無いですが本当かな?

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~人間のぬくもり抱いた路地の風~

(人間の強さ弱さを包み込む路地裏の風)
何処の村や街にもある通り道・・・表通りに裏通り燦燦と何時も太陽の光に包まれた表通りと隣なりとピタッとくっ付いた昼間もチョイと薄暗い路地野良猫や犬が何時も物憂げな顔して屯っていてそんな路地・・路地裏の長屋に住んでいる人たちの下町気質・・気風がよくて情に脆くて・・・「あったけ~~~」と感じる心のぬくもり・・山の手の方たちをどうのこうのというつもり有りませんがヤッパリ人間生きていく上で宝物は人と人の情でしょう!!
幾ら時代が進んでも此れだけは何時も譲れねえなあ~~~!!

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~傍らにいつも阿吽のバッテリー~

~断ち切れぬ絆 手の鳴る方へ行く~
人と言う字は人と人が支えあい凭れあってお互いを思いやり・・全部言わなくても相手の気持ちが通じる・・所謂「阿吽の呼吸」・・・・縁あって巡り会えて自分の傍に何時も付かず離れず居てくれる人たちそれは決して偶然では無く必然だと本で読んだ。  長い時間や道程を過ぎて初めて分かる大切な絆・・・中々深い絆ヲ繋げることは容易にできるものではないですね・・段々歳を重ねる毎にその大切さや素晴しい価値観・・自分が生きる上での大きな支えになっていることを痛感しています・・・。
そして何時も必要とされる人間にならなければ意味が無く・・自分もまた相手を何時も必要としていたいと毎日感謝しながら一日一日を暮らしています。

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~金棒を失くした鬼が欠伸する~

武器を持っていつも怖い顔した鬼さんある日如何したことか弾みで金棒を何処かに置いて来てしまって失くしてしまった「あああ~俺も如何したことか最近物忘れが酷くなって・・・困ったもんだ」「しかし待てよ・・・なんだか妙に身も心も軽くなって・・周りのみんなが俺に対してニコニコしてるぞ???・・・なんだこの雰囲気は??」武器を失くしてしまった鬼は何とも穏やかな顔で可愛らしくなって・・・今まで肩怒らせていた自分がなんだか馬鹿らしくなってきて平和主義の鬼に変身・・・それからはずっとずっと穏やかに穏やかにいい歳をとって暮らしたとさ・・・。

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~あの人の胸のポッケに住む小鳥~

昔、子供の頃何という物語だった題名は忘れましたが魔法の国からやってきた少女が自分の思っている願いをおまじないをかけると叶うと言う内容である日、好きな男の子が出来てそのことずっと一緒に居たくなり魔法をかけて小鳥に変身・・そして彼の元へ好きなときに飛んで行って彼の胸ポケットに何時はいって遊んだりお話したり・・・今、小学生に読み聞かせに行っていますが昔の絵本を大人の目線でもう一度読み返すと童話作家さんの心の意図がハッキリ判って夢があるお話を書くには矢張りそれなりの経験を積んだ上に出来上がるものだと言う事が判ります。
子供の頃に母に読んでもらった「チルチルミチル」「アンデルセン童話」など時間が経ってもハッキリ憶えている物ですから川柳を作るにも矢張り自分の経験上の事も取り入れて夢のある一句にしたいなあと想いますね。

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